やまがた観光復興元年

第10部・全国とどう戦うか[3] 由布院に学ぶ(中)

2014年12月22日
ジャズに耳を傾けながら夜を楽しめる亀の井別荘のバー=大分県・由布院温泉
ジャズに耳を傾けながら夜を楽しめる亀の井別荘のバー=大分県・由布院温泉
 木々に囲まれ、森林浴をしているようなティールーム、昼はグレゴリオ聖歌とコーヒー、夜はジャズとアルコールを楽しめるバー。由布院温泉(大分県)の名旅館には、宿泊客以外も利用できるパブリックスペースが豊富だ。人が集い、出会える場の存在は由布院の魅力の一つ。訪れた文化人や著名人を囲んで話を聞く、世代を超えてともに音楽を聴く。そうした成熟した楽しみが、移住者も呼ぶ。

 地元の人も親しめる場でもある。例えば代表的な玉の湯のバーの利用者は、玉の湯と他の旅館の宿泊客が各3割、住民が4割。これが観光イベントなどに多くの地域ボランティアが協力する土台になっている。

 全国の多くの温泉地では、旅館内に飲食店やスナックを設け、宿泊客を囲い込んだ。逆に開放した由布院は、旅館のパブリックスペースを行き来する人の流れが生まれたことで、道沿いに土産物店や商店街ができ、地域経済が回った。人口1万人程度ながら、まちには精肉・鮮魚店はもちろん、生花店や畳店も複数ある。

 由布院の旅館は規模が小さく、旅館組合加盟の93施設の平均部屋数は15室。御三家と呼ばれる人気旅館も同様だ。しかし、3軒の宿泊者だけでなく、他施設の客もバーなどを利用できるため、地域全体の集客につながる。素泊まり対応の宿も多く、多様な過ごし方を選べるとして、連泊者、地域へのリピーターを増やしている。

 「昨日はどんな料理を出した?」「じゃあうちは魚メーンにしよう」。由布院温泉への連泊客の口を飽きさせないよう、情報交換する旅館料理人のやり取りだ。由布院では旅館の要の一つとされる厨房(ちゅうぼう)さえも公開し合う。その土壌を育てたのが「ゆふいん料理研究会」を発足させた新江(しんえ)憲一さん(51)。旅館・草庵秋桜の総料理長で、昨年8月に地域内に日本料理店・山椒郎(さんしょうろう)を開いた。

由布院の料理人連携の中心人物となった新江憲一さん=大分県・由布院温泉の山椒郎
由布院の料理人連携の中心人物となった新江憲一さん=大分県・由布院温泉の山椒郎
■料理人が技公表
 研究会は1998年に会員7人で始めた。新江さん以外は全て旅館のオーナーシェフ。新江さんが野菜の選び方から基本の調理方法、素材の良さを引き出すレシピを教えた。時には著名な料理人を招いて食談義に花を咲かせた。月1回程度の例会を重ねるうちに参加者は増え、会員は100人を超えた。会の存在が、由布院の食のレベルを底上げした。

 料理人の武器ともいえる技やレシピを公表するのはなぜなのか。「みんなに作ってほしいし、自分の料理を超えてくれるかもしれないから」と新江さんはさらりと言う。亀の井別荘の中谷健太郎会長(80)や玉の湯の溝口薫平会長(81)が仲間と手を取り、情報共有して地域全体を向上させる背中を見てきた。「料理の部分を自分が担っただけ」

■農家とつながる
 地元野菜を旅館に届けるための“橋”を懸けたのも新江さんだ。きっかけは、十数年前に町が主催した料理人と農家が参加する会合。知り合った農家に通い続け、自分の料理を食べてもらった。1年半後、ようやく旅館で使う春菊を栽培してもらえるように。自分の土俵に上げてあれこれ求めるのではなく、相手の側に立って交渉を重ね、少しずつ野菜の種類を増やしていった。

 収穫した野菜は全て買い取った。当然自分の旅館だけでは使い切れない。すると研究会の仲間が協力してくれた。農家も市場に出荷するより収入を確保できるとして、旅館に野菜を納める所が増えていった。

 昨年6月には料理人の一人が、農家と旅館をつなぐ会社を起業。旅館の要望を農家に伝え、旬の野菜を仕入れるにとどまらず、季節感を演出するため盛り付けに使うモミジやマツなども届ける。日本旅館の料理を想定した細やかな生産、流通の仕組みを構築した。地元食材を豊富に使った料理は客にも喜ばれている。

 活動の過程で、農協などと衝突する場面もあった。そんな時は中谷会長や溝口会長が強力に後押しした。「責任は取るから好きなようにやりなさいと応援してくれる大人がいたからできた」と新江さん。若手の挑戦を先輩が支え、地域を成長させていった。
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